もし、1995年に二人が予定通り結婚していたらどうなっていただろうか。思考実験としては非常に興味深い。栗山は家庭を持ち、キャスターや大学教授としての安定した生活を選び、プロ野球の監督就任はなかったかもしれない。そうなれば、大谷翔平の二刀流挑戦を後押しする指導者は現れなかった可能性がある。
そして、イチローの隣に福島弓子がいなかったら。シアトルの地で、あれほど完璧にコントロールされたアスリートライフを送ることができたかどうか。一つの恋の終わりが、巡り巡って二人の「世界一」を生み出す契機になったのだとすれば、運命の皮肉を感じざるを得ない。