終戦直後の東京。焼け野原の中で生きる人々の耳に届いたのは、ハスキーでありながら澄み渡る独特の歌声だった。昭和歌謡の歴史に不滅の金字塔を打ち立てた楽曲『ガード下の靴みがき』は、社会の最底辺で懸命に生きる戦災孤児の姿を浮き彫りにし、日本中の涙を誘った。宮城まり子自身もまた、決して恵まれた幼少期を過ごしたわけではない。母の死、貧困、病魔との闘い。どん底を味わった彼女だからこそ、哀愁と希望を込めた歌声は人々の心の奥底に突き刺さった。
だが、スターダムの頂点に立ち、紅白歌合戦の常連となって映画や舞台に引っ張りだこになっても、彼女の心は満たされなかった。「靴みがきの少年を歌いながら、私は何も救えていないのではないか」。その苛立ちと罪悪感にも似た感情が、彼女を新たな運命へと駆り立てていく。歌うだけの偶像であることを捨て、生身の人間として社会の不条理に立ち向かう覚悟を固めた瞬間だった。