アナウンサーとしての将来は約束されていた。全国放送の帯番組を担当し、確固たるアナウンススキルと親しみやすい人柄で認知度を高めていたからだ。だが、胸の奥で燃え続けていたのは、幼少期から愛してやまないゲームへの純粋な情熱だった。
メディア・放送業界でのキャリアを一歩進め、フリーアナウンサーとして独立。彼が選択したのは、一般的なタレント業ではなく、競技ゲームの興奮をリアルタイムで言葉にする「eスポーツキャスター」の道だった。カメラの前の静寂ではなく、アリーナを揺らす大歓声の中へ。その転身は、日本のキャスター史においてもきわめて野心的な挑戦だったと言える。