この番組を語る上で、久米宏という存在を避けて通ることはできない。彼の発する言葉は、時として過激であり、物議を醸した。政治家に対する辛辣なツッコミや、自らの感情を隠さないスタイルは、日本のメディアが金科玉条としてきた「客観中立」の概念に波紋を広げた。
だが、その「偏り」こそが、かえって番組の誠実さを担保していたのではないか。権力に対する懐疑の目を隠さず、市民と同じ視線で疑義を呈する。視聴者は久米の言葉に賛同するか、あるいは怒りを覚えるかを問われ、自らの頭で考えることを強制された。無色透明を装う「作られた中立」よりも、意思を持った個人の言葉の方が、時に物事の本質を突くという逆説がそこにはあった。