中上健次を語る上で欠かせないキーワードが「熊野」と「路地」です。紀伊半島の南端に位置する新宮市は、熊野速玉大社を擁する神話の地であると同時に、多様な人々が流れ着く周縁のトポスでもありました。
中上は、近代化の中で周縁へと追いやられてきた被差別コミュニティを単なる「同情の対象」や「被害の場」としては描きませんでした。むしろ、生命力とエロス、神聖な物語が渦巻く中心として「路地」を再定義したのです。
後年には地元・新宮で「熊野大学」を主宰し、世界中の知識人やアーティストを熊野の地に招き入れました。フォークナーやガルシア=マルケスといった世界の文豪とも比較されるそのスケール感は、熊野という特異な風土と深く結びついています。