番組の象徴的司会者であった故・桂歌丸氏の時代、ギャラのあり方は昭和から平成の演芸界における重みそのものだった。歌丸氏が司会を務めていた当時は、番組最高峰の出演料が支払われており、1本あたり120万円を超えていたとも語り継がれている。
歌丸氏は落語界の重鎮として、単に番組の顔であっただけでなく、伝統芸能としての落語の価値を茶の間に届け続けた。その功績に対する対価は、現在の番組予算の骨組みを作る上での基準となった。テレビ制作業界全体が制作費の縮小を余儀なくされる現在でも、長年積み上げられた評価軸が今なお機能している。