村井秀夫 経歴を振り返ると、極めて優秀な理系エリートであったことが分かります。大阪大学理学部物理学科を卒業後、同大学院理学研究科修士課程を修了。大手鉄鋼メーカーである神戸製鋼所に研究職として勤務していました。しかし、宇宙物理学や超伝導現象を探求する過程で神秘主義に傾倒し、1987年に教団の前身であるオウム神仙の会に入信、程なくして妻と共に出家しました。
教団内では最高位のステージである「正大師」に叙され、教団の省庁制導入後は村井秀夫 科学技術省の大臣に就任。麻原の絶対的な信頼を背景に、サリンやVXガスなどの化学兵器合成、炭疽菌などの生物兵器開発、さらにはロシア製自動小銃「AK-74」の密造計画やレーザー兵器研究に至るまで、教団の軍事化計画すべてを主導する立場にありました。
上記のオウム真理教 幹部 一覧からも明らかなように、村井は単なる信者の一人ではなく、教団の武装化計画における頭脳そのものでした。坂本堤弁護士一家殺害事件や松本サリン事件、地下鉄サリン事件など、教団が引き起こした主要な重大事件のすべてに意思決定レベルで関与していたため、村井の急死は後の刑事裁判や真相解明に極めて甚大な影響を与えることになりました。