家の中心には必ず「茶の間」がある。そして、庭に面した「縁側」。
磯野家には個別のテレビは存在しない。家族全員が茶の間の1台のテレビを囲み、同じ食卓でご飯を食べる。2026年、私たちはSNSのアルゴリズムによって個々に分断された情報を消費しているが、磯野家の茶の間は「共通の体験」を強制的に作り出すデバイスとして機能している。
さらに、縁側という半屋外のスペースが素晴らしい。外でもない、中でもない。近所の伊佐坂先生や裏のおじいさんがふらりとやってきて、縁側越しに世間話をする。この「ゆるやかな社会との接点」こそが、現代のセキュリティでガチガチに固められた住宅が失った、地域コミュニティの原風景だ。