早稲田に医学部がない決定的な理由|慶應との違いや合併の噂を徹底追跡

早稲田に医学部がない決定的な理由|慶應との違いや合併の噂を徹底追跡

早稲田に医学部がない決定的な理由|慶應との違いや合併の噂を徹底追跡の基本情報から最新動向までを一挙に解説しました。

早稲田と慶應を比較する上で、医学部をめぐる最大の分岐点となったのが世界的細菌学者・北里柴三郎の存在です。1917年、慶應義塾の創設者・福澤諭吉の恩義に報いる形で北里柴三郎が初代学部長に就任し、慶應義塾大学医学部が誕生しました。

北里の強力なリーダーシップと全国から集まった優秀な門弟たちにより、慶應医学部は瞬く間に国内トップクラスの研究・臨床拠点へと成長を遂げます。現在、私立大学医学部の偏差値ランキングにおいて慶應義塾大学医学部は偏差値70台前半を誇り、東京慈恵会医科大学、日本医科大学とともに「私立医学部御三家」の頂点に君臨し続けています。

もし大正期に早稲田大学が医学部設置に成功していたならば、早慶戦は医療分野でも繰り広げられていたはずです。しかし、医学部を擁する慶應が医療界に強固な「慶應三田会」のネットワークを築き上げたのに対し、早稲田は政官財やジャーナリズム、先端理工学の領域で独自のブランド力を磨く道を選ぶこととなりました。

橋本 菜々子
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橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。