一畑電車の原点は、大正時代に遡る。一畑薬師への参詣客を運ぶ目的で産声を上げた鉄路は、時代とともに松江と出雲という二大都市を結ぶ生活基盤へと姿を変えていった。戦後の高度経済成長期を経て、自家用車の普及が進むと乗客数は激減。幾度も赤字に苦しみ、公的支援を受けながらの厳しい舵取りが続いた。しかし、地域が選んだ道は廃止ではなく「共生」だった。行政、沿線住民、そして全国の鉄道ファンが一体となり、路線を守る輪が広がったのだ。
2026年、宍道湖の風を切る「バタデン」の逆襲:過疎化の波を打ち破る地方鉄道再生の現場を追う
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