詩仙堂丈山寺(正式名称:六六山 詩仙堂 丈山寺)は、曹洞宗の寺院であると同時に、江戸初期を代表する文人・石川丈山が構えた山荘跡です。凹凸のある土地に建てられたことから、丈山自身はここを「凹凸窠(おうとつか)」と名付けました。その敷地内には、当時の最高峰の美意識が散りばめられています。
なかでも建物の中心をなすのが「詩仙の間」です。この部屋の四方の壁面には、丈山が選定した中国の漢・晋・唐・宋の代表的詩人36人の肖像画が掲げられています。この絵を描いたのは、江戸幕府の御用絵師として名高い狩野探幽であり、それぞれの肖像画の上部には丈山自筆の流麗な漢詩(賛)が添えられています。これが「詩仙堂」という呼び名の直接の由来です。
建物から望む庭園は、中国の山水画を現実の空間に落とし込んだかのような立体的な構造を誇ります。座敷に座って庭を眺めると、手前に広がる白砂と丸く整えられたサツキの刈り込み、その奥にそびえる東山の稜線が一体となり、まるで一幅の絵画を鑑賞しているかのような錯覚を覚えます。
さらに庭園を奥へと散策すると、涼やかな水音とともに響き渡るのが、日本で初めて設置されたとされる「ししおどし(僧都=そうず)」の音です。竹筒に水が溜まるにつれて傾き、水を吐き出した反動で石を打つこの仕掛けは、もともと裏山から下りてくる鹿や猪を威嚇し、農作物を守るための実用的な道具として丈山が考案したものでした。静まり返った山荘の静寂を際立たせるこの澄んだ音色は、数百年を経た現在も参拝者の耳を澄ませています。