悲劇の犠牲者として語られがちな大東隆行氏ですが、実業家としての足跡は日本外食史に輝く傑出したものでした。1941年大阪府生まれ。創業者の義弟として王将の創業期から泥にまみれて現場を支え、2000年に約400億円もの有利子負債を抱えて経営危機に陥っていた王将フードサービスの第4代社長に就任しました。
社長就任後、大東氏が打ち出した改革はまさに「血の通った現場主義」でした。本社の社長室に閉じこもることを嫌い、毎朝の玄関掃除やトイレ掃除を欠かさず、自ら全国の店舗を精力的に巡回。セントラルキッチン方式が全盛だった外食産業にあって、あえて「各店舗の厨房で手包みし、手仕込みで鍋を振る」というオープンキッチンスタイルを死守しました。店長にメニュー開発や価格設定の大幅な裁量権を与えたことで、従業員の士気は劇的に向上し、王将は怒濤のV字回復を遂げたのです。
大東氏が遺した言葉の数々は、今なお多くのビジネスマンの胸を打ちます。「儲ける前に、まず目の前のお客さんを喜ばせな」「汗を流した人間が正当に報われる会社にする」――飾らない関西弁で語られる哲学は、単なるスローガンではなく日々の行動に裏打ちされていました。常連客を大切にする「ぎょうざ倶楽部」の会員制度を定着させ、業績を右肩上がりに伸ばしながらも、驕ることなく従業員を「家族」と呼び続けた人柄こそが、事件後に全国の店舗へ献花が絶えなかった理由です。
私生活では、家族思いの父親としても知られていました。突然の銃撃によって最愛の父を奪われた長男らご遺族は、事件後も深い喪失感と闘いながら、法廷で真実が語られる日を待ち続けています。家族と築き上げた温かな日常を無慈悲に破壊した凶行の罪深さは、計り知れません。