「風でドアが開いた」と言うのと、「私がドアを開けた」と言うのでは、受ける印象がまったく異なります。前者は自然現象や偶発的な出来事として事実のみを描写しているのに対し、後者は明確な意思を持った『誰か』の存在を浮き彫りにします。この差こそが、自他の動詞が持つ最大の性質です。
文法書を開けば、目的語(〜を)を取るか取らないかという説明が真っ先に出てきます。しかし、私たちが日常で言葉を交わす際、そんな小難しい定義をいちいち考えてはいません。感覚的に「何かが勝手に動いた」のか、それとも「誰かが意図的に動かした」のか。この視点の置き所が、コミュニケーションの温度感を決定づけています。