この未曾有の悲劇がいかなる司法判断を経て現在に至っているのか、事故発生からこれまでの経緯を客観的データに基づいて整理します。
2019年4月19日、旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三元受刑者(当時87歳)が運転する乗用車が暴走し、松永真菜さん(当時31歳)と長女・莉子ちゃん(当時3歳)が死亡、通行人ら9名が重軽傷を負いました。刑事裁判では過失運転致死傷罪に問われ、被告側は「車の電子系統の異常による暴走」を主張し無罪を訴えましたが、東京地裁は2026年9月、ブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いを認定し、禁錮5年の実刑判決を言い渡しました。控訴はなされず判決は確定しました。
加害者が高齢であったこと、そして公判中も過失を認めなかった経緯から、社会全体に高齢者ドライバーの運転適性や免許返納制度に対する大きな議論を巻き起こしました。2026年秋に加害者本人が服役中に他界した際も、松永さんは記者会見で「亡くなったからといって、奪われた二人の命が戻るわけではない。加害者を憎み続けることではなく、誰もが被害者にも加害者にもならない社会を作ることが私の責務」と語り、深い苦悩の中にある誠実な胸中を明かしています。