「テレビから干された」「居場所を失った」といった噂が飛び交うこともある。しかし、古巣である吉本興業を去り、日本のテレビ空間から距離を置いたのは、自らの意思による選択だった側面が大きい。制約の多い日本のバラエティ番組では、自らが信じる表現を全うできないという限界を感じていたからだ。
彼が追求し続けてきたのは、社会の不条理や権力に対する鋭い政治風刺だ。嘲笑や単なる暴言ではなく、社会の痛みを笑いに変える試みは、日本のテレビ現場では長らく忌避されてきた。だが、過剰な忖度が支配するメディアを飛び出したことで、彼はようやく自由な表現の羽を手に入れたと言える。