Dragon Ash結成当時、Kjこと降谷建志氏は10代後半、馬場育三氏は30代を迎えていました。10歳以上の年齢差がありながらも、二人の間には上下関係を超越した深いリスペクトと信頼関係が存在していました。
若きカリスマとして時代の先頭を走り、プレッシャーに晒され続けていた降谷建志にとって、馬場氏は常に最も頼れる「精神的支柱」でした。バンド内で意見が衝突したときや方向性に迷ったとき、柔らかな笑顔とユーモアで場を和ませ、メンバーをまとめ上げたのが馬場氏でした。
降谷氏は生前はもちろん、馬場氏の急逝後もライブのMCや楽曲の端々で彼への想いを語り続けています。「あいつが一番Dragon Ashを愛していた」と語る言葉通り、バンドのアイデンティティを守り抜く姿勢は、馬場氏から受け継いだ魂そのものと言えます。