曹操の軍事拠点跡から相次いで発見された規格化された鉄器や軍用資材は、彼が国家構造そのものを完全な軍事マシンへと作り替えていた事実を示している。出身血統に依存せず実能本位で人材を集めた彼の姿勢は、出土した簡牘に記されたシビアな評価制度からも見て取れる。勝利のために徹底した合理性を追求した男の足跡が、土の中から鮮明に浮き彫りとなった。
一方で、漢室の正統な後継者を自任した劉備の足跡からは、また異なる生存術が見えてくる。近年の研究で判明したのは、彼が潜伏期からすでに独自の金融ネットワークと闇の物資調達ルートを構築していた点だ。仁徳の将というパブリックイメージを巧みに演出しつつ、水面下では各地の密入国ルートや塩の交易網を押さえていた。二人の英雄が繰り広げた攻防は、思想戦であり高度な経済戦でもあったのだ。