杏子(当時は杏子名義、本名・関原京子)のキャリアは、多くのロックミュージシャンとは一線を画していた。大学卒業後、大手商社に就職。昼間は書類と向き合い、電話応対をこなす「普通の会社員」としての日常を送っていたのだ。しかし、彼女の内に秘められた表現への衝動は抑えきれなかった。アフターファイブになると一変、ライブハウスのステージへと飛び込んでいく二重生活。この現実と表現の狭間で磨かれた感覚が、彼女のどこか都会的で洗練された空気感を形作った。
1984年、男女ツインボーカルという当時としては極めて異例のスタイルを掲げるBARBEE BOYSへ正式加入。アマチュア時代から異彩を放っていたグループにおいて、彼女の存在は最後のパズルがハマったかのような決定的な瞬間だった。オフィス街の日常を知る女性が、一転してスポットライトの下で野性的なエネルギーを放つ。そのドラマチックな背景自体が、彼女の歌声に独特の奥行きと説得力を与えていた。