いまや世界的なビッグタイトルとなった本作ですが、世に出る前の持ち込みエピソードは漫画業界で語り継がれる有名な逸話となっています。当時19歳だった諫山創氏が、完成した読み切り原稿を最初に持ち込んだ先は講談社ではなく、業界の絶対王者である集英社の『週刊少年ジャンプ』編集部でした。
当時、応対したジャンプの編集者は諫山氏の卓越した構成力やオリジナリティを評価しつつも、決定的な一言を投げかけます。それは「漫画としてのクオリティは高いが、“ジャンプ”を持ってきてほしい」という要望でした。
ジャンプの伝統的なスローガンである「友情・努力・勝利」の枠組みに合わせ、作風をもっと少年誌の王道へ寄せるよう修正を求められたのです。しかし、諫山氏は自身の描きたいテーマや独特の世界観を曲げてまでジャンプに合わせることを拒否。自分の表現をそのまま受け入れてくれる場所を求め、原稿を持ち帰る決断を下しました。
結果として集英社は、後に全世界で爆発的な売り上げを記録するモンスタータイトルをみすみす逃す形となりました。商業誌のフォーマットに迎合しなかった諫山氏の強い信念が、唯一無二の作品を守り抜いた第一歩だったと言えます。