1988年7月6日、ある種の魔物が阪神甲子園球場に潜んでいたのかもしれない。読売ジャイアンツ対阪神タイガースの一戦。8回裏、打者が放った左中間への飛球をめぐり、レフトを守っていた吉村禎章とセンターの栄村忠広の両名が全速力でボールを追いかけた。互いに声かけを確認する間もなく、二人は勢いよく激突。鈍い音が響き渡り、吉村はその場に崩れ落ちた。
ボールを掴んだ直後の大クラッシュだった。グラウンド上で痛みに身悶えする吉村の姿に、スタンドの歓声は悲鳴へと変わる。1988年7月6日阪神戦外野衝突事故は、プロ野球の現場における守備連携や声掛けの重要性を極限の形で突きつける事態となった。激突の当事者となった栄村忠広自身も深い精神的ショックを受け、その後の野球人生に重い影を落とすこととなる。