冷戦構造の激変期に位置する2026年現在、機密解除が進む日韓双方の外交アーカイブから、当時の切迫した水面下の工作が生々しく浮かび上がってきた。公海上に突如設定された「平和線」という美名のもと、韓国側はいかにして既成事実化を図ろうとしたのか。新たに照合された外務省の未公開公電や韓国側の内部指令書は、李承晩政権が米国の反発を織り込み済みで強行採決に踏み切った計算の高さを裏付けている。
拿捕された日本漁船は実に328隻、拘束された船員は3,929人に及んだ。拿捕された漁民たちが連行された釜山収容所での過酷な生活記録も、遺族や研究者の手によって次々と再整理されている。不衛生な環境と厳しい尋問、そして先行きの見えない拘禁生活。彼らは単なる違法操業の容疑者ではなく、日韓の主権争争において実質的な「外交人質」として扱われていたのである。当時の日韓境界線を巡る真実は、国家間の駆け引きの犠牲となった無辜の漁民たちの呻き声と共にある。