著者である林真理子といえば、ドラマ化され大ヒットを記録した『最高のオバハン 中島ハルコ』シリーズに見られるような、痛快でユーモラスな社会風刺や人間観察の妙を思い浮かべる読者も多いだろう。ハルコさんのようにバサバサと世を一刀両断する爽快感は、現代人のストレスを吹き飛ばす極上のエンターテインメントだ。
しかし、『愉楽にて』で提示される世界はそれとはまったく異なる。コミカルな軽妙さを一切排し、どこまでも官能的で、人間の執着や哀愁を泥臭く煮詰めたかのような純度の高い文体。この圧倒的な振り幅こそが、作家・林真理子が長年トップランナーとして文壇に君臨し続ける理由と言えるだろう。爽快なエンタメと濃密な愛憎劇という両極端の頂点を極めるその手腕に、あらためて感嘆せざるを得ない。