医療現場の診察室で、患者が最もショックを受け、同時に疑問を抱くのが「この病気は一生治らないのですか?」という問いです。結論から言えば、現代医学において多くの慢性疾患は「完全治癒(病気の発症前と寸分違わぬ状態に戻ること)」は極めて困難とされています。しかし、この事実は決して「絶望」を意味するものではありません。
医学的に「治らない」とされる最大の理由は、組織の不可逆的な変化にあります。例えば、2型糖尿病では膵臓のインスリンを分泌するβ細胞が長年の過剰負荷によって疲弊し、その機能が部分的に失われています。高血圧では、長期間の圧力によって血管壁が硬く肥厚し、しなやかさを完全に復元することはできません。これらは皮膚の切り傷が塞がるような自然再生が望めない領域です。
そのため、慢性疾患の臨床では「治癒(Cure)」ではなく、「寛解(Remission)」や「コントロール(Control)」という医学概念が目標に設定されます。寛解とは、適切な服薬や生活改善によって検査数値が基準値内に収まり、自覚症状が消失して、日常生活に一切の支障がない状態を指します。
病気を体内から完全に消し去ることは叶わなくとも、良好なコントロールを維持できれば、病気を持たない人と同等の健康寿命を全うすることは十分に可能です。医学界が「治らない」と表現するのは、「放置すれば再び悪化するリスクを抱えているため、油断して自己判断で治療をやめてはならない」という警告の意味合いを含んでいます。