1990年代半ば、奈良県吉野郡西吉野村(現在の五條市)。人口減少が進む山あいの集落に、後にカンヌ国際映画祭で最高賞を争うことになる映画監督の河瀨直美が姿を現した。当時、長編映画デビュー作となる『萌の朱雀』のロケーションハンティングとキャスト探しを行っていた河瀨監督は、地元の自然だけでなく、そこに生きる本物の「顔」を探し求めていた。
運命の瞬間は、地元の中学校で訪れる。靴箱の掃除を黙々とこなしていた当時14歳の少女。それが尾野真千子だった。飾り気のない素顔と、どこか野性味を帯びた強い眼差しに、河瀨監督は強い直感を覚える。その場で声をかけられた尾野は、演技の経験など皆無のまま、オーディションを経て主人公の少女役に大抜擢されることとなった。
撮影現場は過酷を極めた。演技をつけるのではなく、その土地の日常を生きさせる河瀨スタイル。台本を渡されず、役柄の生活をリアルに体験させられる日々の中で、彼女のありのままの生命力がカメラに刻み込まれていった。カメラの存在すら忘れさせるほどの自然体な佇まいは、制作陣を驚嘆させた。