二人の原点は、2012年頃の関西ジャニーズJr.時代に遡ります。名古屋から関西Jr.に加入した平野紫耀(Kin Kan)と、大阪で頭角を現していた永瀬廉(なにわ皇子)は、番組『まいど!ジャーニィ〜』などを通じて瞬く間にファンを熱狂させる存在となりました。
当時の二人は、オフの日も常に一緒に行動し、互いの自宅に泊まり込むほどの蜜月関係を築いていました。この時期の呼び方はストレートに「紫耀」「廉」。東京へ活動拠点を移し、髙橋海人を加えたMr.KINGが結成された2015年頃まで、二人はまさに一心同体の存在として認知されていました。
しかし、メディアへの露出が増えるにつれ、永瀬廉が公の場で平野紫耀を「平野」と名字で呼ぶ頻度が増加します。この呼び方の変化はファンの間で波紋を呼び、後述する「氷河期」の象徴として語られることになりました。その後、デビューを経て関係が円熟するにつれ、再び「紫耀」「廉」と呼び合う自然体なスタイルへと回帰していったプロセスは、二人の精神的成長の軌跡そのものです。