では、ショパンエチュード全27曲の中で、プロの演奏家たちですらステージ前に深い緊張を強いられるショパンエチュード最難関の称号はどの曲に与えられるべきなのでしょうか。その答えは、身体的・生体力学的制約を極限まで突きつける「Op.10-1」「Op.10-2」、そして「Op.25-11(木枯らし)」に集約されます。
まず筆頭に挙げられるのが、作品10の扉を開くOp.10-1難易度の特異性です。この曲の右手は、広大なアルペジオがキーボードの端から端へと駆け上がる構造を持っていますが、要求される指の開きは10度から11度にも及びます。しかも、鍵盤の奥で打鍵しながら次の音へと腕をシフトさせる際、親指と小指を最大限に開いたまま手首を素早く脱力させるという、一見矛盾した身体操作を1拍の狂いもなく持続しなければなりません。打鍵の瞬間以外は完全に掌の緊張を解く技術を身につけていないピアニストが本曲を強引に弾き通そうとすれば、数週間のうちに腱鞘炎を発症するほどの破壊力を秘めています。
そして、視覚的な派手さはないものの、解剖学的な拷問と称されるのが「Op.10-2」です。人間の手は、解剖学的に第3指・第4指・第5指が腱間結合によって繋がっており、独立して動かすことが最も困難な構造をしています。ショパンはこの指の弱点を容赦なく標的にし、3-4-5指だけで超高速の半音階レガートを要求しつつ、1-2指で軽快なスタッカート和音を刻ませました。これは人間工学の限界を試す試練であり、世界的なヴィルトゥオーソであっても指の疲弊から逃れることはできません。
これらと並び立つのが、ドラマティックな威容を誇る木枯らしのエチュード難易度です。冒頭の静謐な4小節が去った後、突如として吹き荒れる右手の細密な半音階的パッセージは、1小節あたり数十に及ぶ音符が複雑に上下降を繰り返します。木枯らしが真の最難関と呼ばれる理由は、技術的な難度もさることながら、その「スタミナ消費量」にあります。左手による重厚な主旋律を壮大に鳴り響かせながら、右手は繊細かつ圧倒的なスピードで風の咆哮を描き続けなければなりません。演奏時間は約3分半から4分程度ですが、後半のコーダに突入する頃には前腕の筋肉に極度の疲労が襲い、指の打鍵コントロールを喪失するリスクが跳ね上がります。