1967年の結成以来、伝説的アジトとして異彩を放った演劇実験室「天井桟敷」。その設立メンバーには、美術家の横尾忠則をはじめ、当時の気鋭のクリエイターが集結していた。横尾の手掛けた鮮烈な色彩のポスターは、街頭をサイケデリックな異空間に変貌させ、若者たちをアングラの世界へ引きずり込む導火線となった。
一方で、紅テントを掲げて街頭を暴れ回る唐十郎の状況劇場とは、常に激しい対立と共振を繰り返していた。特異な磁場を生み出す両者の角力は、時に血を見るほどの確執を伴ったという。後年の関係者証言によれば、天井桟敷の稽古場では、詩的言語と身体表現の限界をめぐって連日連夜の討議が徹夜で交わされていた。虚構で都市をジャックするという野望は、こうした生々しい人間の衝突から磨き上げられたのだった。