本作のストーリーテリングにおける最大の見どころは、一介の薬師である猫猫と、絶世の美貌を持つ宦官・壬氏との関係性の変遷です。そして、物語が進むにつれて読者に明かされる壬氏の正体は、後宮の秩序を根底から覆す重要な秘密を孕んでいます。
表向きは後宮を管理する宦官として振る舞う壬氏ですが、その実態は現皇帝の実の弟(皇弟)であり、さらに踏み込めば「先帝と阿多妃の間に生まれ、現皇帝の実子と密かにすり替えられた真の皇族」という複雑極まる出自を持っています。彼は宦官ではなく、薬によって男性器の機能を抑制しながら後宮に潜入し、皇族周辺の陰謀や毒殺計画を未然に防ぐ密命を帯びていました。
猫猫自身はその並外れた洞察力ゆえに、かなり早い段階で「壬氏が本物の宦官ではないこと」に感づきつつも、宮廷政治の血生臭い闘争に巻き込まれることを避けるため、意図的に無関心を装い続けます。しかし、数々の事件を解決する中で、二人の間には単なる「主君と使用人」を超えた心理的共鳴が生じていきます。
複雑怪奇な宮廷の力学を読み解く上で、重要人物の配置関係は次のように整理できます。
- 猫猫(マオマオ):花街で育った薬師。羅漢の実娘だが確執があり、養父・羅門を敬愛する。壬氏への好意は自覚しつつも政治的立場から距離を置こうとする。
- 壬氏(ジンシ):絶世の美貌を持つ皇弟。後宮の影の監査官。猫猫の知性と飾らない本質に惚れ込み、やがて地位を捨ててでも求婚する覚悟を固める。
- 玉葉妃(ギョクヨウヒ):皇帝の最愛の貴妃で東宮の母。猫猫の才能を深く信頼し、後宮内での最大の理解者・庇護者となる。
- 高順(ガオシュン):壬氏の忠実な補佐官。二枚舌ならぬ苦労人として、暴走しがちな壬氏を諫めつつ猫猫との関係を温かく見守る。
- 羅漢(ラカン):軍師であり猫猫の実父。奇人変人として恐れられるが、離別した鳳仙(猫猫の母)と猫猫への執着は狂気的かつ不器用。
壬氏から猫猫への求婚、そして猫猫が下した「自身の体に焼き印を刻み、外戚の権力争いから距離を保つ」という覚悟の選択など、二人の関係は陳腐なロマンス小説にはない、重々しいリアリティを帯びて進展しています。