萬斎自身、バラエティ番組やトーク番組に出演した際、千恵子夫人について多くを語ることはありません。しかし、時折ポロリとこぼれる言葉の端々に、深い敬意と信頼が滲み出ています。
かつて萬斎は、自著や特別インタビューの現場で「家の中にまで狂言を持ち込むと息が詰まる」「家庭は完全に日常の場でありたい」という趣旨の告白をしています。厳格な祖父・六世野村万蔵や父・野村万作から、幼少期より逃げ場のない狂言の稽古を叩き込まれてきた萬斎にとって、家庭は唯一「芸から解放される聖域」でなければなりませんでした。
千恵子夫人は、夫が舞台から戻れば狂言師としてではなく、一人の「夫」「父親」としてフラットに接し、過剰に芸の出来栄えに口を挟むことは決してないといいます。息子の裕基が狂言の稽古で父親から激しく叱責された際にも、母親として情緒的なフォローに徹し、家庭内のバランスを維持してきました。この絶妙な緩衝材としての機能こそが、息子・裕基の狂言師としての順調な成長と、一家の破綻なき平穏を支える決定打となっています。