映画のヒットによってカルチャーアイコンとなった一条さゆりですが、その直後に最大の危機が訪れます。1972年11月、大阪・道頓堀の東洋劇場に出演中、大阪府警によって公然わいせつ罪の現行犯で逮捕されたのです。
この一条さゆりの逮捕理由は、ステージ上での過激な露出行為が刑法175条(わいせつ物頒布等)および公然わいせつ罪に抵触したと判断されたためでした。しかし、舞台裏にはアングラ文化の過熱と警察当局のメンツをかけた締め付けがあったと指摘されています。
法廷闘争へと発展したこの事件は、野坂昭如や大島渚、寺山修司ら当時の名だたる文化人や作家を巻き込み、「国家権力による表現の弾圧か、単なる公然わいせつか」という一大論争を巻き起こしました。最終的に執行猶予付きの有罪判決が下されましたが、この逮捕劇は彼女の名を社会運動の象徴的な存在として決定づける契機となります。