当時、素人であった辻典子(現・白井のり子)氏がスクリーンで実名を出し、自身の身体的特徴を全編にわたって公開することには、家族や周囲からの強い反対や葛藤があった。それを乗り越えさせたのは、監督・松山善三の誠実な姿勢と徹底した対話だった。
松山監督は、彼女を「かわいそうな障害者」としてではなく、「困難に立ち向かう一人の魅力的な主人公」として捉えた。カメラの前に立つ彼女の日常を徹底的に観察し、彼女の誇りを傷つけるような演出は一切排除した。この確固たる信頼関係があったからこそ、あの奇跡的なフィルムが誕生したのだ。白井氏は現在も、名監督との出会いが自身の人生の大きな転機であったと振り返る。