1980年代、日本の音楽史は間違いなく彼女を中心に回っていた。ビートルズ以降の歌謡曲文化が花開いた昭和歌謡の終盤、衝撃的なデビューを果たしたヒット曲『少女A』。低音の力強さとツッパリ少女のアンビバレントな魅力を漂わせ、一気にスターダムへと駆け上がった。続く『DESIRE -情熱-』では、斬新な着物風衣装とボブヘアー、そして圧巻の「明菜ビブラート」で時代のアイコンとしての地位を確固たるものにした。
歌謡曲がJ-POPへと進化を遂げる過渡期において、彼女は単なるアイドルを超えたアーティストとして君臨した。しかし、魂を削るような鬼気迫る表現スタイルこそが、後に彼女の喉と精神を蝕む両刃の剣となった。「1曲歌うごとに寿命が縮むような歌唱」。当時を知る音楽プロデューサーはそう語る。歌に没入しきるスタイルゆえに、歌唱後の消耗は激しく、その代償が年月を経て声帯の異変として表出したのだった。