日本における朝顔の歴史は極めて古く、奈良時代に遣唐使によって薬草(牽牛子=けんごしの種)として持ち込まれたのが始まりとされています。当時は下剤や利尿剤として利用されていましたが、文化が開花した江戸時代になると状況は一変します。
江戸後期のブームでは、遺伝的変異によって生じた珍しい花形や葉の形を楽しむ「変化朝顔(へんかあさがお)」の愛好家が急増しました。旗本から町人までが競って新種を栽培し、図案集が発行されるほどの熱狂を生んだのです。一瞬の美に情熱を傾ける江戸っ子の粋な感性が、朝顔に込められた「情熱」や「深い愛着」という文化的な解釈をより豊かなものへと育て上げました。