1300年以上前に描かれた碁盤の目のグリッドは、驚くべきことに現代の奈良市や大和郡山市の地図の上にはっきりとその痕跡を残しています。
Googleマップや航空写真を開くと、奈良盆地を走る主要幹線道路や細い畦道が、今なお正確な南北・東西の直線を描いていることが確認できます。
- 地名に残る条坊の痕跡:「三条通り(奈良市の主要目抜き通り)」「四条大路」「九条町」「尼辻」など、古代の条坊番号や辻の名称がそのまま公の町名や駅名として現役で使用されています。
- 主要道路のトレース:現在の国道24号線や県道の一部、JR関西本線(大和路線)や近鉄橿原線の線形は、古代の条坊道路の境界線に沿って敷設された箇所が多数存在します。
- 平城宮跡の保存:かつて天皇が住まい、国家儀式を執り行った中枢部は「平城宮跡歴史公園」として広大な空間がそのまま保全され、朱雀門や第一次大極殿が復元されています。
右京が早い段階で田畑へと戻ったことにより、地中に古代の道路遺構や木簡が破壊されずにそのまま保存され、20世紀以降の発掘調査によって往時の都市構造が極めて正確に解明されることになりました。平城京の碁盤の目は、決して過去の遺物ではなく、今も奈良の街の骨格として生き続けています。