トップスターとなった現在でも、彼はことあるごとに高校時代の友人や母校への思いを口にする。大阪でのバラエティ番組や単独インタビューの際、池田高校時代の思い出を話す彼の表情は、一瞬にして15歳の少年のそれに戻る。
当時の同級生たちは「テレビでどんなに有名になっても、大将は帰省すると昔と変わらないコテコテの関西弁で話しかけてくる」と証言する。売れっ子俳優という重圧から解放され、唯一「素の菅生大将」に戻れる場所。それが彼にとっての高校時代の繋がりなのだ。
池田高校の文化祭や体育祭に参加できなかった心残りは、彼の作品づくりに対する異常なほどの熱量へと昇華されている。「あの時やり残した青春を、役の中で生きているのかもしれない」——本人が零した言葉に、彼のキャリアの原動力が隠されている。