長野のキャリアを語る上で外せないのが、2006年(ロッテ)と2008年(日本ハム)のドラフト指名辞退劇だ。社会人野球・ホンダ時代を含め、二度にわたり上位指名を断ってまで「ジャイアンツでプレイする」という初心を貫いた姿勢は、当時の球界でも大きな波紋を呼んだ。
大きなプレッシャーの中で迎えた2009年のドラフト1位指名。翌2010年に念願の巨人入りを果たすと、新人王を獲得して周囲の雑音を実力でねじ伏せた。さらに2011年には首位打者、2012年には最多安打とベストナインを獲得。自ら選んだ過酷な道を最高の結果で証明してみせた若き日の姿は、今なおファンの語り草となっている。