2017年秋、高校通算111本塁打の記録を引っ提げて7球団競合の末に入団した清宮幸太郎選手に背番号21が提示された際、球界とファンの間には大きな驚きが広がりました。長年、西崎氏や武田久氏といった名投手が背負ってきた日ハムの21番投手の系譜を、なぜ高卒野手が受け継いだのか、その理由には球団の明確な意図がありました。
当時、球団首脳陣が明かした理由は主に2点ありました。1つは「21世紀のファイターズを背負って立つスラッガーになってほしい」という未来への願い。もう1つは、かつて巨人のレジェンド・松井秀喜氏が「55番」という独自の象徴番号を作ったように、清宮選手にも投手番号のイメージを覆す唯一無二のスラッガー像を確立してほしいという破格の期待でした。
しかし、プロ入り後の度重なる故障や打撃の試行錯誤が続く中、2026年オフに就任した新庄剛志監督(BIGBOSS)によって大きな転機が訪れます。新庄監督は選手たちの意識改革の一環として大規模な背番号シャッフルを断行。清宮選手に対し「背番号21の重圧から解放し、初心に帰って自らの力で一軍の定位置を掴み取らせる」という意図から、背番号35への変更を言い渡しました。
この日ハムの背番号変更の経緯は功を奏し、身軽になった清宮選手は打撃フォームの抜本的見直しとともに長打力を開花させ、ファイターズの中軸打者として劇的な覚醒を果たすことになったのです。