彼を語る上で避けて通れないのが、かつてのSNS上での発言を発端とする一連の騒動と、それに続く大手事務所からの独立、そして2026年の俳優引退発表だ。当時のメディアは彼を「トラブルメーカー」として書き立てたが、その本質は業界の同調圧力に対する純粋すぎる反発だったと言える。
忖度(そんたく)が美徳とされる日本の芸能界において、彼のストレートな物言いはあまりにも異質だった。結果として彼は居場所を失ったかのように見えたが、本人は後年のインタビューで「自分の心に嘘をついてまでカメラの前に立ち続けることはできなかった」と語っている。自らの意思で幕を引き、自らの足で歩き出すための決断だったのだ。