今でこそ多様な名前が受け入れられる社会になったが、2000年代初頭において「聖火」「ギリシャ」「トリノ」といった名前は、一部で「親の押し付けではないか」「子供が苦労する」といった批判の対象にもなった。
しかし、橋本氏にとってこれらの名前は、単なる思いつきや奇をてらったものではなかった。自身が「聖子」という名前のおかげで、常にオリンピックを意識し、苦しい練習を乗り越えられたという実体験があったからだ。名前こそが、人生の荒波を乗り越えるための「お守り」になる。その信念が、一連の命名の根底には流れていた。